2017年03月06日

吉田茂の名言

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吉田茂元首相(国立国会図書館蔵)

2017年は、吉田茂元首相の没後50年に当たります。 

そこで今回は、吉田茂氏の著作物の中から、印象的な名言をご紹介していくことにしましょう。

とりあげるのは、吉田茂氏の手による思出す侭(まま)というコラムです。
こちらは、終戦から10年ほど経った昭和30年、前年末に吉田内閣が総辞職したばかりというタイミングで「時事新報」の夕刊に連載されたものになります。

過去の政治状況や友人・知人との思い出、現在の日本の状況などについて、文字通り、思いついたままに書きなぐったもの、といってよいでしょう。
整然と整理された回顧録といったものではないのですが、それゆえに、人間・吉田茂肉声に近いものが現れている小文ともいえるのではないかと思います。

それでは、その『思出す侭』の中からいくつか気になった言葉をご紹介していきます。

●それで死んだって男子の本懐ではないか

この言葉は、太平洋戦争開戦の直前、アメリカから、厳しい要求がつづられた「ハル・ノート」をつきつけられた際、なんとか戦争回避に向けて日米交渉を続けよと、当時の外務大臣だった東郷茂徳に迫った時のセリフです。
吉田茂は、「ハル・ノート」は、決して最後通牒ではないとし、命を賭けてでも最後まで交渉を続けるべきと主張したのですが、結局、日本は米国との戦争への道を選択していきます。


●昨日までの謀反人が今日は閣下であり愛国者になった

吉田茂は戦時中、「英米派の危険人物」と見られ、憲兵隊に逮捕されるという憂き目に遭っています。その後、不起訴となり出獄するまでに、約40日の時を必要としました。
やがて、吉田茂の出獄から2か月半ほどして、日本はポツダム宣言を受諾
戦後日本を救う使命を帯びて、吉田茂は外相から首相となり、戦後復興のために奔走することになります。
ここで挙げた言葉は、出獄の一週間ほど後に、呼び出しを受けた陸軍の島田法務中将から「閣下、閣下」と呼びかけられた思い出をつづった中で語られた一節です。
時勢が変われば人の見方も変わる、という想い、および約40日間の監獄暮らしを屈辱的に思う気持ちなどが込められた言葉のように思います。


●この敗戦もやがては国民にとってよき試練、よき教訓となり、国政をとるものに最も良き戒めとなるであろう。

こちらは、太平洋戦争とその後の復興に関する吉田の想いが込められた言葉のように思えます。
過去の不幸な出来事を教訓、ないし戒めとして、次なる第一歩を進めていくことは、いつの時代においても大切な心構えであるといってよいでしょう。


●今日世界の平和は国際協力に依らざれば保たれない。

この言葉は、吉田茂が日米安全保障条約に関連して、当時の国際関係に想いをはせて語ったものです。
外交官として、アメリカやイギリスとの協調を大切にしていた吉田らしい言葉、感慨だといえるでしょう。


●要するに政治の運用は人にある。政治を統率する政治家が常に国家の重きに任じ公平に処理することが政治の要諦であると考える。

吉田茂が政治家の資質、あるいは行動指針について語った言葉です。
この言葉の後には、「指導者が私心をさしはさみ、政権にのみ執着し、強固な意思方針なく朝夕政策動揺して国民の信頼感を失わしめつつある如き場合は円満なる民主主義の運用は期し難いのである」とも述べられています。
政治家にとって、「私心」をはさむことなく「公平」さを保つことが大事ということを繰り返し語っているのです。


●政府及び与党の品質が低下すると自然と俗受けのする政策をとりたがる


この言葉、最近、世界各国で目立ってきているポピュリズム大衆迎合主義)に警鐘を鳴らしているようにも受け取れます。
この言葉の前には、ズバリ「ポピュラリティ・ハンティング(人気とり)ということは民主政治において避け難いことではあるが、同時に最も卑しむべきである」とまで述べているのです。


●日本人は十分に自信を持ってよいことを確信するものである


吉田茂は、欧米との協調を主張するとともに、日本国および日本人の資質の高さも大いに評価しています。
本コラムでも、日本の風土の美しさ、文化の高さ、明治以来の国力発展の原動力となった日本人の能力の高さなどに言及しているのです。


●生れてはじめてのベンチも、疲れている私には文句のいえないベッドであった。

最後に、人間・吉田茂の姿が垣間見られるようなエピソードをご紹介しておきましょう。
戦後すぐに近衛文麿夫妻らと食事をしてシャンパンを飲みすぎた吉田は、その日、帰りの汽車を乗り過ごし、終電車が出た後のホームのベンチで一晩明かしたといいます。
時間の流れがややおおらかな頃でもあり、お坊ちゃま育ちの吉田が、飲みすぎて初めて駅のベンチで過ごした夜のことを、なにやら楽し気に語っているのが印象的なフレーズです。

(以上、吉田茂の名言及びその解説に関しては、敬称略にて記させていただきました。)

死後50年、孫の麻生太郎氏をはじめ、その影響を受けた政治家は、現代でも数知れないといわれている吉田茂元首相。
その政治姿勢や思想体系などは、今後、ますます注目されることになるでしょう。

今回の『思出す侭』に記された吉田茂氏の名言の数々は、中公文庫『日本を決定した百年 附・思出す侭より引用させていただきました。


吉田茂氏に関心がある方は、他にも下記の本などが、入手しやすく、参考になるのではないかと思います。







posted by 福田智弘 at 14:00| Comment(0) | 歴史コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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