2015年09月25日

浅草寺の謎?


さて、今回は、東京台東区にある浅草寺について。 

江戸時代から大変栄えていたお寺でした。

当時の浮世絵を一枚ご紹介しますね。
sensoji.jpg
(国立国会図書館蔵)

「東海道五十三次」などでおなじみの
 歌川広重『浅草金竜山年之市群集』です。

左端の大きな木の上に屋根だけ見えているのが本堂
 その右隣が仁王門宝蔵門)、奥に五重塔が見えます。
手前が「仲見世」で、
その仲見世を埋め尽くす豆粒みたいなのが……
 すべて人の頭です。 
  人、人、ひと…… 
まさにタイトル通り「群集(群衆)」っていう感じです。

ところで、浅草寺に詳しい人なら、
「おや?」とか思ったかもしれません。

「浅草寺には行ったことがない」という人のために
 ここで最近の写真をUPしましょう。
sensoji-now.jpg

右側に見えるのが本堂。左奥に五重塔
 この写真では写っておりませんが、
もう少し左側に仁王門宝蔵門)があり、
 そこから先(左)に向かって仲見世が長く伸びています。
広重の絵の反対側(向かい側)から撮影している感じです。

さて、おかしな点に気づきましたか?

そうです。本堂と五重塔の位置が違っていますね。

広重の時代、すなわち江戸時代には、
本堂に向かって右側五重塔があったのに、

現在は、本堂に向かって左側五重塔があるわけです。

実は浅草寺の五重塔は、第二次世界大戦で焼失しております。

現在の五重塔が建てられたのは、1973年(昭和48年)。
比較的新しい建築物なのですね。

かつて五重塔が建てられていた場所には、
「旧五重塔跡」という記念碑が立っています。
機会があったら、こちらを探してみるのも良いかもしれませんね。
kyuu5ato.jpg


posted by 福田智弘 at 06:57| Comment(0) | 歴史コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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